母の日の記憶….
11日は母の日でした
今年も母とは迎える事できなかったけど元気でいてくれて
嬉しい限りです
博多でスタッフが気をきかしてくれて花を
送ってくれてます。ありがとうね
私が飲食にたずさわるきっかけをつくった出来事が二つあります
一つは成田さんのおばーちゃんとの出会い
私が病院で最後の食事作りました
らーめん
おばーちゃんの思い出の味だったらしく
成田さんがいつでもいいから病院に来て下さいって
いてもたってもいれず確か次の日に仕込んでもって行きましたね
当時の味を再現しました
嬉しい事に全部いただいてもらい、顔には出しませんでしたが
食べてるおばーちゃん私は見て泣いてました
なんだか今まで自分の仕事に自信もてずにいた私…
こんな俺じゃ誰も元気与えれない….
初めてたった1杯を
一生懸命作りました
それから2日後くらいですか、私のらーめんが最後の食事になりました
人は死ぬ寸前何を望むんでしょう?
初恋の人に会いたい?
どこか旅行したい?
いい車乗りたい?
すべて、難しいですよね
でも思い出の1品、誰でも心にありますよね最後に食べたいもの。
母のみそ汁
彼女の卵焼き…
文字の書いてあるオムライス?
私の中で人の健康や食を預かるという決意ができた日でしたね
さて、もう一つの出来事も似てますが
私の母が5年くらい前インフルエンザで生死をさまよいました
いままで元気だった母がやつれ、卵アレルギーだったんで薬も飲めず
まさに生きたいという力なしでは回復できない症状でした
点滴ばかりで内蔵が弱り、何とか食べてほしく色々もって行きましたが
見るだけで気分が悪くなると…つらくてつらくて
私は元気に気丈に振る舞ってましたが
すでに仕事にならないくらい落ち込んでました
”どうすれば生きたいと思うのか”
そうです、母の思い出の1品聞き出そう!!
父に母の好きなもの聞き出しなんと黒豆の入ったおかきと
かの聘珍楼のやきそばらしく
組み合わせ変ですが、早速買って病院へ向かいました
”生きたいって思う事と食べたいと思う事は同軸である”
この時私の仕事に対する迷いが消えた日でした
母が嬉しそうに少しづつ焼きそば口にした瞬間
今でも昨日の出来事のように覚えてます、私をお腹を痛めて産んで
くれた母にやっと親孝行できた気がします。
元気で好きなもの食べれる…
皆さん、健康である事と、この世界一の食文化日本に感謝しましょう
私の仕事は人に最後まで食欲という生きる希望を与える仕事だと自負します
人の健康と安全を預かるこの仕事!
私は誇りをもって博多の食文化
豚骨らーめんを守り続けます
母の日おめでとうね
いつまでも元気でいてください
秀